働く前のイメージと実際「お母さんだとハッとした」- もと酪農スタッフに質問!vol.2

環境・健康・動物へもたらす影響を受け畜産業が抜本的な転換を求められる今、公平で平和的な転換の道を対話で見出す試み。

ヴィーガンであるLisaが酪農スタッフ 丸山さん(仮名)をむかえ、〈ヴィーガン×動物産業関係者〉という一見まったく立場の異なる2人が、皆さんからの質問をきっかけに酪農家の目線にせまる。

仕事の8割が掃除、牛はつなぎ飼い

 

Lisa Shouda(以下、Lisa):酪農家で丸山さんがされていた業務について聞かせてください。

 

もと酪農スタッフ 丸山さん(以下、丸山):実際に始めるまでは酪農の仕事といえば「搾乳」のイメージでしたが、掃除の時間が圧倒的に長かったです。ざっくりいうと、8割が掃除、1割が餌やり、1割が搾乳。働いた経験があるのは50〜120頭の小中規模の農家で、頭数が少ないところで雄の子牛ばかり産まれると子牛がいない時期もありますが、雌の子牛がいれば子牛の世話もします。

 

NOTE
男の子の赤ちゃんは「乳牛」としての利用価値がありません。赤ちゃんのうちに屠殺場へ送られるか、肉牛を育てる肥育農家へ売られ、いずれは殺されます。
国産牛肉のうち約5分の1*は乳牛の雄です。

(Cite: 乳雄(にゅうおす)牛肉需要の高まりに対応した生産者の取組み www.alic.go.jp/koho/mng01_000147.html)

 


Lisa:ほかに働く前後で酪農のイメージにギャップはありましたか?

 

丸山:牛は太陽の下の草原にいて…というイメージはイラストや絵本や映画などで潜在的に刷り込まれていますよね。自分も牛達は放牧され自由に草原を走り回り、牛のタイミングに合わせて搾乳していると思っていました。就職してみると、牛一頭とそこに人間1人が入れる個別に区切られたスペースで食べ、排泄し、寝るという「繋ぎ飼い」の牧場が多数派だとわかりました。「フリーストール」という方法もあり、牛は搾乳時以外は牛舎の中の寝床を自由に行き来きできます。

 

Lisa:牛乳パックなどの乳製品のパッケージに描かれるイラストも、放牧を想起させるものばかりですよね。私も酪農が盛んな北海道の十勝地方の出身ですが、市街地で育ったこともあって牛に触れ合う機会がありませんでした。郊外に出れば牧草ロールや古いサイロが風景の一部で、多くの酪農場の存在は自明ではある一方、放牧風景は見かけなかったはずなのに、切り離して考えていました。実際、北海道で放牧されている牛は全体の1割程度なのですよね。

 

牛がおかれる環境について丸山さんはどんなことを感じていましたか?

 

丸山:繋ぎ飼いの牛舎は牛の後方にある溝に排泄する構造になっていますが、溝を外すことも多く、一度糞や尿をしたら寝床が汚れてしまいます。牛はずっとその場所に居るので「もっとまめに掃除してあげよう」と思いました。

 

「フリーストールから繋ぎ飼いに変えるとストレスかもしれないけど、産まれた時から繋ぎ飼いなら他の環境を知らないので、人間から見るよりはストレスはかかっていないのでは」という意見を聞いたことがあります。この見方は人間の都合のいいように言い聞かせている気がします。

 

当時、珍しかった搾乳ロボットを導入した大規模な牧場を見学させてもらった時、自分は研修生で搾乳作業をする身だったので「すごく楽になるな」と感じた記憶があります。デメリットとしては、搾乳時の圧力を変えられないので、乳房のしこりに気付けず乳房炎が増えると聞ききました。

 

「牛はお母さんだ、とハッとした」

 

丸山:気がついたギャップでいうと、牛にはそれぞれ性格や個性があることです。酪農にのめり込んだ理由のひとつです。これは差別になるかもしれませんが、牛、ヤギ、カメなどは何かを考えたり、理性があるようには見えていませんでした。牛と接するうちに覆されましたし、羊やヤギも個性があると思うようになりました。

 

もう一つは「乳牛はみんなお母さん」という事実。研修先1軒目の酪農家さんが牛追いする際に「かあさん、ほら かあさん行って〜」と声掛けする言葉を聞き「あ、みんなお母さんだ」とハッとしました。

 

Lisa:私自身も子供の頃は白黒模様のホルスタインは成長すれば自動的に「ミルク」が出るようになると信じていた気がします。女性で、かつ出産を経験したばかりの母親だけが、赤ちゃんへの授乳のためにお乳が出るとは意識する機会がなかった人は多いですよね。動物や環境のために菜食を目指す小さなお子さんのいる女性は「同じ母だと気がついた時にとてもショックでお肉よりも先にまず乳製品をやめた」と言っていました。

 

「みんなお母さん」と気がついてから心情の変化はありましたか?

 

丸山:同性として親近感で「みんなお母さんで、みんな女性なんだ」「がんばって」という気持ちが沸きました。自分にとって「お母さん/女性」は強いイメージで、どの牛も貫禄がありお母さんという感じが合っていますし。

 

お母さん牛と、赤ちゃん牛

 

Lisa:子牛の世話はどんな仕事でしたか?

 

丸山:朝と夜に粉ミルクを作ってあげたり、水を換えたり、ハッチという子牛の小屋を掃除します。糞をしているので、寝床にしている藁を新しいものに換えます。

 

粉ミルク(代用乳)はおそらく農協や全酪(全国酪農業協同組合連合会)買っていたと思います。搾乳の仕事の前か後、1日に2回人肌の温度に調整したミルクを哺乳瓶であげます。粉ミルクを使わない牧場では、搾った牛乳から子牛用に分けたものを与えます。

 

自分が経験した中で比較的大きな規模の農家では、子牛はみんな柵で囲んだ広い空間に放し、自動でミルクをあげる機械(哺乳ロボット)を使っていました。首輪に個体を識別する機械が付いていて、1頭が1日に飲むミルクの量を把握できます。食欲旺盛な子牛は何度も飲みに行きますが、一定量を飲んだ子牛にはミルクが出なくなる仕組みです。データを見て、飲む量が少ない子牛がいれば、その子を機械の所に連れて行って飲ませてあげます。性格が臆病なだけか、場所がわかっていないことが多いので。

 

Lisa:そうでないところでは、子牛はずっとハッチにいるのでしょうか。

 

丸山:そうですね。ハッチの周囲に設置された柵の中は動けます。ぴょんぴょんと跳ねるので、動きたいのだと思います。親牛の脱走事件も何度も経験しましたが、特に子牛は移動させるときによく脱走しますし。一瞬の隙を見つけて脱走し、人間が総出で追い込まないと捕まらないくらいすばしっこいです。

 

Lisa:出産後、子牛はどうしていましたか?もし引き離すのであればどう感じていましたか。

 

丸山:出産後は胎盤を舐めさせて、子牛が立てるようになったら引き離します。自分が経験のある農家さんでは早くて半日、長くても1日〜1日半。

 

農家さんの指示で働いている身としてはやるべきことをやるしかないのですが、引き離す時はお母さん(母牛)は必死だから可哀想でした。目が血走り「みんな敵」という態度になり、危険なのでその時だけは農家さんからも母牛から離れるように言われました。

 

Lisa:私たち人間もそうですが、母性本能が備わる哺乳類が子供と引き離されれば強烈な怒りや悲しみを感じるのは当然の反応ですよね…

 

子牛の様子はどうでしたか。「引き離された子牛は母牛を呼ぶように鳴きますか?」という質問も来ています。

 

丸山:子牛の性格によりますが、無邪気で興味津々なので「おいでー」とお尻をちょんちょんと押すとぴょんぴょん跳ねてついて行く。嫌がる子の場合、ひどいやり方としては尻尾を行かせたい方向に曲げて動いてもらいます。または、犬の首輪のような感じで、口と耳につける輪をつけて引っ張り連れて行きます。引き離された後は、鳴かない子牛もいますが、なかには声が枯れるまで4〜5日間鳴く子もいます。

 

Lisa:研修・勤務先の農家さんはどんな様子でしょう。

 

丸山:農家さんにとっては日常なので一回一回悲しんだりはしませんが、なかには「お母さんごめんね」と声をかける人もいました。