酪農家へ就職したわけ&辞めたわけ – もと酪農スタッフに質問!vol.1
酪農を含めた畜産業が環境・健康・動物へもたらす影響は急速にアウェアネスを高め、この世界的な潮流は止まらないでしょう。海外では元畜産農家が畑作農家やアニマルサンクチュアリへのシフトした例が出てきており、日本でも旧来の「動物愛護」や「個人のライフスタイルとしての菜食主義」といった概念の枠を越え、社会正義運動や倫理の文脈で「動物の権利/アニマルライツ」を尊重する機運が盛り上がりつつあります。抜本的な転換の波は遅かれ早かれ畜産業周辺のあらゆるセクターに及ぶと予想します。
公平で平和的な転換の道を見出す一歩として、動物産業関係者とヴィーガンという一見立場の異なる2人の対話の企画しました。
むかえた対話の相手は北海道の酪農家で研修・勤務経験のある、元酪農スタッフ 丸山さん(仮名)。北海道十勝で生まれ育ったヴィーガンLisaと共に、事前に皆さんから寄せられた質問を通して改めて酪農業での職や動物たちとの関係性を捉え直し、また酪農以外の道の可能性を考えてゆきます。
酪農家に就職するまで
Lisa Shouda(以下、Lisa):丸山さんは日本の生乳の約50%を生産する北海道育ちですが、酪農家の家庭に生まれたわけではありませんよね。後継ぎでもなく、若い頃に酪農家への就職という道を選ぶ人はやや珍しいというのが、同じく北海道出身の私の肌感覚です。丸山さんが就職先に酪農を選んだ経緯や理由を教えてください。
もと酪農スタッフ 丸山さん(以下、丸山):幼い頃から好きな動物に囲まれて働きたく、トリマーや盲導犬訓練士も視野に入っていました。トリマーは形だけのために犬の耳や尻尾を切ったり、そもそも犬は人間が選択的交配を繰り返ししたため毛が目に入るほど長く伸び結膜炎になるので、目に掛かる毛を切るためだけにお金をかけるなど、人間の自己満足の為と感じたんですね。
家畜動物に興味を持った1番のきっかけは進路を決める瀬戸際、高校3年の時に参加した『羊丸ごとキャンプ』です。親の知人の畜産大学の学生さんが教えてくれた企画で、新規就農したばかりの羊農家さんで1泊2日しました。羊毛を刈り、毛で糸を紡ぎ靴下を編み、ゲルを建てその晩の寝床づくり、翌日には昨日まで生きていた羊の肉をモンゴルの遊牧民の料理を再現し食べました。北海道の寒さを凌ぐために(石油由来の)化学繊維でなく羊の毛でここまで暖まれることなどを教わりました。
人間と羊がお互い生かされている共生的なところに惹かれました。人間は羊を殺しますが、同時に羊を敬い、ただ殺してさようならではない関係とでもいうのでしょうか。
Lisa:遊牧民や狩猟が生存のために動物が不可欠な生活は現代でもありますね。その体験から酪農の道に進んだ経緯は?
丸山:北海道の羊農家の数は少なく、あっても家族経営でスタッフの募集はないので、家畜という意味で対象を広げました。酪農ヘルパーの求人はありましたが高校卒業すぐに未経験の仕事に踏み切れないと考えていると、酪農の研修生になれる学校があると知りました。研修終了後も就職前に羊農家3軒を見に行きましたよ。
数軒の酪農家さんで研修をさせてもらい学ぶうちに奥深さを感じ、研修生では知り得ない仕事内容も知りたくなり就職を選びました。
そこで出逢った農家さんや研修生の先輩の姿がかっこよかった理由です。
Lisa:どんな時にかっこよさを感じたのでしょうか?
丸山:牛のことでいえば、微妙な行動や目つきなどから発情や出産の兆候を察したり、具合の悪い牛を見分けられる姿。自分の方が牛と過ごす時間が長いのに気付けなかった経験があります。研修した地域の酪農家は(飼料自給の為の)畑もやっていたので、天候の変化を予測し、収穫時期を決める判断といったこともします。
研修中は365日農家さんを尊敬してたし、様々なことに感動していました。今思えば、18、19歳であらゆることが新鮮に映ったことも影響したのでしょう。
こだわり商品が肉体的負担に
Lisa:いわば憧れだった酪農の仕事を辞めたのはなぜですか?
丸山:仕事内容そのものは嫌いではありませんでしたが、起床は朝4時、朝と夕方の仕事の間に昼寝をし、夜9時には就寝という生活リズムで、同年代の大学生とは遊べず、田舎なので楽しみになるようなコミュニティの交流もなく、精神的に滅入ってゆきました。当初は可愛いかった牛も可愛いと思えなってゆきました。
肉体的にもハードでした。就職先の酪農家が、朝搾りたての牛乳がその日のうちにスーパーに並ぶ『朝だけ牛乳』という商品のいわば先駆者で、集荷時刻が早く、他の酪農家に比べても特に早い朝4時半に搾乳開始でした。搾乳の時刻は農家さんによって異なり、例えば6時のところもあります。大体、12時間ごとに搾乳なので、朝の搾乳が遅ければ夜もその分遅くなります。
Lisa:乳製品に限らず、資本主義システム下で「こだわり」なり「安さ」なりを追求すると必ずどこかにフェアでない負担がかかるものですよね…こだわり嗜好は特に日本のマーケティングやブランディングに多用されると感じます。
朝搾りたての“新鮮”さを売りにした、いわば「こだわり商品」の背景には丸山さんたちに肉体的な負担があったとは、消費者にとって思いもよらなかったではないでしょうか。生乳を運搬するトラックドライバーさんといった、そのビジネスに付随する様々な職につく人々にも関わりますし。